直至山 浄土院 見性寺   寺の由来

 1 宗派

浄土宗

 

2 見性寺の創建

1597年(慶長2年)相蓮社玄譽上人寿伝和尚が筑前国桑原に見性寺を建立以来、約430年つづきます。27代 大蓮社徹厳和尚、28代 真社龍厳和尚、29代 心社龍海和、そして現住職30代 清社太志和尚へと法灯が受け継がれて今日に至ります。

 

    見性寺の名称由来

「明心見性」という言葉があります。見性寺の由来となる仏教語です。

浄土宗として解釈すると「心を明らかにして()性を見る」となります。

私たちの『こころ』とは実に不確かなものです。その時々によって喜怒哀楽を表します。

法然上人は私たちのこころをこのような歌で表しました。

「池の水 人の心に 似たりけり 濁り澄むこと 定めなければ」

美しい池も常に一定ではなく風の日、雨の日などは荒れ、また池の鯉が暴れればまた濁ります。

私たちのこの世は過酷であります。生まれた時からはじまり最後臨終の時まで争い、事故、病気、老いなど避けることは誰にも出来ません。こころ乱れることは至極当然のことであります。

仏教は自分自身を見つめることを肝とします。よくよく自身を顧みると欲の皮が覆い、真に大事なものを見失っていることに気付きます。

私たちの心の内には仏性という種が存在します。その種は自力では花咲くことは叶いません。阿弥陀仏の本願力をたのみ、ただひたすらにお念仏を唱えることによってのみ咲き、極楽浄土に往生することが叶うのです。

私たちの先祖は阿弥陀仏の極楽浄土に救われ、心穏やかに過ごしておられます。

 

自身の心を見つめ直してみると普段の生活がより一層鮮やかに輝きだすかもしれません。